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「良い」「悪い」の二分法でみるのはやめよう

二分法の問題

菊池誠・大阪大学教授が、NHKの「視点・論点」に出演したとき、最後にこう結んでいます。

さて、「ニセ科学」が受け入れられるのは、科学に見えるからです。つまり、ニセ科学を信じる人たちは、科学が嫌いなのでも、科学に不審を抱いているのでもない、むしろ、科学を信頼しているからこそ、信じるわけです。
たとえば、マイナスイオンがブームになったのは、『プラスは身体に悪く、マイナスは身体に良い』という説明を多くの人が「科学的知識」として受け入れたからです。
しかし、仮に、科学者に、『マイナスのイオンは身体にいいのですか』とたずねてみても、そのような単純な二分法では答えてくれないはずです。
『マイナスのイオンといってもいろいろあるので、中には身体にいいものも悪いものもあるでしょうし、身体にいいといっても取りすぎればなにか悪いことも起きるでしょうし、ぶつぶつ……』と、まあ、歯切れの悪い答えしか返ってこないでしょう。
それが科学的な誠実さだからしょうがないのです。

ところが「ニセ科学」は断言してくれます。
『マイナスは良いといったら良いし、プラスは悪いといったら悪いのです。
また、ゲームをし過ぎるとなぜ良くないのかといえば、脳が壊れるからです。
ありがとうは、水がきれいな結晶を作るから、良い言葉なのです。』
このように、「ニセ科学」は実に小気味よく、物事に白黒を付けてくれます。この思い切りの良さは、本当の科学には決して期待できないものです。
しかし、パブリックイメージとしての科学は、むしろ、こちらなのかもしれません。『科学とは、様々な問題に対して、曖昧さなく白黒はっきりつけるもの』科学にはそういうイメージが浸透しているのではないでしょうか。
そうだとすると、「ニセ科学」は科学よりも科学らしく見えているのかもしれません。

たしかに、なんでもかんでも単純な二分法で割り切れるなら簡単でしょう。しかし、残念ながら、世界はそれほど単純にはできていません。その単純ではない部分をきちんと考えていくことこそが、重要だったはずです。そして、それを考えるのが、本来の「合理的思考」であり「科学的思考」なのです。二分法は、思考停止に他なりません。

「ニセ科学」に限らず、良いのか悪いのかといった二分法的思考で、結論だけを求める風潮が、社会に蔓延しつつあるように思います。そうではなく、私たちは、『合理的な思考のプロセス』、それを大事にするべきなのです。

リスクとベネフィット

ベネフィットとは「便益」のことです。世の中のあらゆるもの、リスクとベネフィットを天秤にかけたうえで利用しているのです。

自動車も包丁も、使い方によっては凶器になります。だからと言って、自動車も包丁もなくしてしまえという御仁はいないでしょう。誰もが、リスクがあることは承知の上でベネフィットを取っているのですから。また、よくあることですが、あるリスクを軽減しようとすれば、別のリスクが増大してしまうことを、「リスクのトレードオフ」といいます。ペルーのコレラ禍と堺市のO157は、塩素殺菌によるトリハロメタンを恐れたから、トレードオフを天秤に掛け損なったから起きたのだといわれていますが、他にも、ダイオキシンを恐れてポリ塩化ビニールを別の合成樹脂に置き換えたところ火災のリスクが増大してしまったとか、鉛フリーはんだが従来の鉛を使ったはんだを凌駕するまでには至らず、はんだ割れを起こしやすいなど、トレードオフによる問題はいろいろあります。

DDTの復権

DDT(ジクロロジフェニルトリクロロエタン)は、かつて、伝染病を媒介する危険のある害虫を駆除すべく、盛んに用いられた有機塩素系殺虫剤ですが、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』で取り上げられたのがきっかけになり、一度は姿を消しました。ところが近年、アフリカなどのマラリア発生地域で、WHOが、DDTを家屋の内壁にスプレーすることを推奨しています。DDTは分解されにくく揮発しやすいので、環境に拡散し、生体濃縮されるという懸念はあります。そういうリスクが考えられることは承知の上で、マラリア予防というベネフィットを選択したのです。

ちなみに、殺虫剤を使い過ぎた場合、虫のほうに耐性があらわれてその殺虫剤が利かなくなることがあります。減農薬のつもりで農薬を所定の希釈率以上に薄めて使うと、虫は薄められた農薬をかけられるうちに耐性があらわれてしまうので逆効果なのです。DDTを使うとDDTに耐性を持った蚊があらわれるのですが、このDDT耐性蚊、耐性と引き換えに別の能力を失うらしく、DDTのないところでは普通の蚊になられて全滅してしまうのだそうです。

海外メディアでは、DDTを禁止したことが、アフリカの人をマラリアでみすみす見殺しにした、「レイチェル・カーソンの大虐殺」などと取り上げられているようですが、なぜか日本ではほとんど知られていません。

二分法では解決しない

食品添加物や農薬にしても、“歩く食品添加物辞典と言われた”と称している人物が言っているように、ただやみくもに「バンバン投入」しているわけではありません。これまで述べてきたように、リスクは無視できるレベルに抑えられている、特性を理解して用いることにより、ベネフィットが得られるから使っているのです。これさえ食べれば万事健康、これさえ食べれば運動もせずに健康に痩せられる魔法の食品もありません。百パーセント白も、百パーセント黒もありません。

その意味で、最近の商品の売り方で気がかりなのが、「ゼロ」を謳うものが一種のブームになっていることです。

松永和紀blog:オールゼロのオールってなんだ?

そこで、最近非常に気になっているのがこれ。三ツ矢サイダー オールゼロ。

なにがオールやねん?

CMで、カロリーゼロ、糖質ゼロ、保存料ゼロと盛んにうたうが、カロリーと糖質については小さく、「栄養表示基準による」と書いてある。

栄養表示基準では、カロリーは5キロカロリー未満/100mlなら、ゼロと表示していい。糖質は0.5%未満ならゼロとしていい。つまりは、厳密には「三ツ矢サイダー オールゼロ」のカロリー、糖質はゼロではないかもしれない、ってことですね。

表示を見ると、原材料名として書いてあるのは食物繊維(ポリデキストロース)、果糖、香料、酸味料、甘味料(アセスルファムK、スクラロース)。添加物もいろいろと使われているけれど、こういうのはゼロでなくていいのかしらん?

オールというから、てっきり全部ゼロかと思った。なんて、ウソです。全部ゼロなら、食品添加物である二酸化炭素も使っちゃだめ。炭酸水になりませんね。いや、水もゼロなら飲料になりません。

これで、オールゼロと名付ける感覚が、私にはよく理解できない。

しかも、広告が悪どい。特に、5月26日付の朝日新聞の広告特集にはびっくりした。社長と女性アナウンサーの対談という形式で、社長が「健康志向の高まりもあり、『サイダーを飲みたいけれど、カロリーが気になる』という声も寄せられていました。ならば、カロリーも、糖質も、保存料も、すべてゼロの三ツ矢サイダーをつくろうと。もちろん、着色料、カフェインもゼロです」と語る。これに対して、アナウンサーが「うれしいですね。子どもの口にいれるものは特に気をつけたいですから、私のような母親世代には保存料ゼロというのもうれしいです」と応えているのだ。

保存料は、適正に使えば健康には影響しない。そのことは、食品安全委員会や厚労省やFDAやEFSAやいろいろな機関が、明確に示している。でも、商品開発の動機として「健康志向の高まりを受けて」とさりげなく説明し、アナウンサーの発言でしっかりとリンクさせている。「賢いお母さんは、保存料が入っているような飲料なんて子どもに飲ませちゃだめ」と読者に思わせる。「保存料=危険」という誤解を利用した高等テクニックだ。

「カロリーは5キロカロリー未満/100mlなら、ゼロと表示していい。糖質は0.5%未満ならゼロとしていい」というのは、農薬の残留基準と同じで、「閾値(いきち)以下なら、ないと見なしていい」という発想です。だからといって、「ない」ことを謳うやり方には、私も疑問を覚えます。

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