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「天然型」ビタミンE―光学異性体のお話

天然型ビタミンEとは

天然だからいいとか、無添加・無農薬だからいいというのは幻想だと別項で説明したとおりですが、ビタミンEの場合、「天然」には特別な意味合いがあって、それゆえ、天然信仰に利用されることが多いので、少し解説してみましょう。

ビタミンEと呼ばれる物質にはいくつかあって、その中で「D-α-トコフェロール」が最も生体内に多く含まれ、生理活性が高いとされています。

光学異性体

「D-α-トコフェロール」の頭に付いている"D-"は何ぞや?というのがこれからのお話です。

化合物の構造で、分子の構造はほとんど同じなのだけれど、鏡に映したように右手と左手のような形になっているものがあって、光学異性体といいます。Dは右旋性、Lは左旋性を意味します。味の素のグルタミン酸ナトリウムも、正確には「L-グルタミン酸ナトリウム」です。アミノ酸の場合、最も構造が簡単なグリシン以外は光学異性体が存在します。

光学異性体は物理的・化学的な性質は同一ですが、不思議なことに生命体には両者を識別する能力を持っています。リモネンのD体はレモンなど柑橘類の芳香成分。一方、L体はハッカ油等に含まれる成分で、石油のような臭いがします。グルタミン酸ナトリウムのL体がうま味成分であるのに対し、D体は味がしないそうです。

「味の素は石油から作っている」伝説の素

味の素は、現在はサトウキビの糖蜜を微生物発酵させて作っていますが、古くは大豆などのタンパク質を塩酸で加水分解して作っていました。これはヒトの胃の中でも同じ反応が起きているもので、胃液に含まれる塩酸がタンパク質をアミノ酸に分解しているわけですね(他にも消化酵素のペプシンも働いていますが)。いずれにせよ、サトウキビや大豆に含まれるグルタミン酸はL体だけなので、それから作ったグルタミン酸ナトリウムも自ずとL体になるというわけです。

一方、グルタミン酸の製法として、アクリロニトリルから合成することが出来ます。アクリロニトリルはABS樹脂など合成樹脂の原料として使われるもので、プロピレンから合成されます。これが「味の素の原料は石油」という風評の所以です。

しかし、グルタミン酸(に限らず光学異性体が存在する物質全般)を普通に化学合成で作れば、ラセミ体といって、L体とD体の等量混合物が出来てしまうのです。サイコロを振って奇数の目と偶数の目が出る確率は同じだからですね。うま味調味料として役に立つのはL体だけですから、D体が無駄になること、ラセミ体からL体を分離する(光学分割)手間やコストがかかることから、この方法は普及しなかったのです。結局は、今の微生物発酵が一番コスト的に見合っているのでしょう。

サリドマイド

胎児に対する催奇性が問題になったサリドマイド。実は、医薬品として製品化されたのがラセミ体で、当時の技術では分離することが難しく、光学異性体に対する安全性評価も十分ではなかったことから起きてしまった悲劇でした。サリドマイドの場合、右旋性のR体が催眠作用をもたらし副作用が小さかったのに対し、左旋性のS体に催奇性があったのです。ただし、現在の技術では光学分割や、後述する不斉合成によってR体だけを得ることも可能なものの、R体だけを投与しても体内でラセミ化することが分かっています。

不斉合成

化学合成ではじめから光学異性体の一方だけを選択的に合成するのは、有機化学者の長年の夢でした。サイコロの奇数ないし偶数の目だけが出ることを可能にする研究でノーベル化学賞を受賞して一躍脚光を浴びたのが野依良治氏です。この技術が、今では医薬品や香料などの生産で工業的にも応用されています。ただ、不斉合成には高価な触媒が必要で、コストや手間を考えると、旧来の方法である、ラセミ体から光学分割する方がいいということもあります。

「天然」「天然型」ではないビタミンE

ビタミンEの話に戻りましょう。「天然」「天然型」ではない、「合成」のビタミンEは普通は「DL-α-トコフェロール」。D体とL体が混ざったラセミ体です。D体のほうが生理活性が高いので、「天然」が「合成」に比べて優位性を持つアピールになります。「天然」と「天然型」の違いは、明確な定義もないらしく私もよくわかっていなかったのですが、エーザイによると、「天然ビタミンE」を酢酸で安定化させたのが「天然型ビタミンE」だということだそうです。

そして「天然」が拡大解釈、「天然型ビタミンC」の謎

「ビタミンE」は、トコフェロールやトリトコエノールの複数の異性体を総称していうのですが、「ビタミンC」は、単一の物質だけを指します。ビタミンCのことをアスコルビン酸ともいいますが、正確には、アスコルビン酸には異性体が4つあって、我々が「ビタミンC」と呼んでいるのはそのうちの一つ、L-xylo-アスコルビン酸です。アスコルビン酸の他の3つの異性体のうち、天然に存在するのはエリソルビン酸だけで後の2つは合成するしかなく、試薬としてはかなり高価だということです。

つまり、こういうことです。

  • ビタミンE>天然(型)ビタミンE(D-α-トコフェロール)
  • アスコルビン酸>ビタミンC(L-xylo-アスコルビン酸)

「ビタミンC」が単一の物質だけを指す以上、天然だろうが合成だろうがビタミンCはビタミンC、同じもののはずなのですが、「天然型ビタミンC」のサプリメントを扱っているサイトによると、天然物から抽出したミネラル(要するに不純物)を含んでいるビタミンCのことを「天然型ビタミンC」というのだそうです。塩で、一頃、にがりを含んだ「自然塩」「天然塩」(2008年に認定された「食用塩の表示に関する公正競争規約」により現在は表示禁止)がいいと喧伝されたのと似たようなニュアンスなのでしょう。

「天然型ビタミンE」と「天然型ビタミンC」、言葉は似ていますが、「天然(型)」という語句が全く違う意味になっていることを知っておいて損はないでしょう。

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