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実名で立ち上がった国家公務員

食品安全情報blog

食品業界関係者の間では非常に有名なブログ「食品安全情報blog」があります。開設者は畝山智香子氏、国立医薬品食品衛生研究所安全情報部の主任研究官です。

開設は2004年のこと。安全情報部は、主に海外の情報を扱っています。仕事を通じて収集した情報の中で、研究所自身が公的文書として発信しているのがごく一部、それならばと、個人として、ブログという形で発信することを思い立ったのです。海外の食品に関する情報を簡潔な日本語訳で紹介し、解説するというものです。

研究者生命を賭けた取り組みだった

松永和紀氏が、著書『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』で、この取り組みを紹介しています。ところが、松永氏はかなり懸念していたといいます。研究所から、いや、厚生労働省からストップがかかるのではないかと。ブログにはオリジナルの文章も入ります。ブログであれ、国立研究所の研究者が、自らの所属を明らかにして見解を述べることは、それが組織の見解、国の見解と取られるのではないかということです。

畝山氏が、あえて行動を起こした理由の一つは、「『子どもたちに正確な情報を伝えなければ』という、母親としてのやむにやまれぬ気持ちだった」のです。

「学術的なレベルは落とさずに、でも分かりやすくなるように、いろいろと工夫して書いています。客観的にみて、日本ほど安全でバラエティに富んだおいしい物を食べている国はないでしょう。こんなによい国に生まれたことを幸せに感じ、感謝しなければならないのに、多くの人がそう思っていない、バチがあたりますよ」

著書『ほんとうの「食の安全」を考える ゼロリスクという幻想』

その畝山氏も、最近著書を出されました。「食の安全」に関して専門的な見地で解説しているので、少し難しいと思えるかもしれませんが、「『無添加』『無農薬』は本当に良いものか?」で取り上げた食品添加物や残留農薬の基準に関して、専門家として解説しています。

もし、タマネギが食品添加物だったら?

本書の、とても面白い視点を挙げてみます。

タマネギはヒトが食べてもほぼ無害ですが、犬や猫には猛毒であることは、飼い主には常識ですね。

タマネギは「食品添加物」ではないので、安全性評価は行われていませんが、仮にタマネギを食品添加物とみなして、動物実験で評価を試みたとすると、有毒だということになってしまいます。

実は、タマネギをラットに投与して長期間投与の影響を調べた論文が、1998年にクウェートの研究者から出されていて、それによると経口投与の最小影響量(LOAEL)は500mg/kg体重、無毒性量(NOAEL)は50mg/kg体重。これに従って、安全係数を100として割り出される一日許容摂取量(ADI)は0.5mg/kg体重となります。さらにそれから、平均的食事から一日の摂取量がADIの8割になるように使用基準をはじき出してみると、「タマネギの使用基準」はカレー一皿あたり16mg、サラダ一皿あたり4mgということになってしまいます。

そして、よくある残留農薬や食品添加物の基準値違反に関する報道を、そっくりタマネギに置き換えて例えています。

「基準値を超えるタマネギが含まれるサラダが販売されていました。タマネギは肝臓への悪影響があり、一度にたくさん食べると溶血性貧血を起こして死亡することもある危険な食品添加物です。販売していた□□食堂の社長は商品の販売を中止し、消費者に謝罪しています。なお厚生労働省はこのサラダを食べることによる健康被害は考えられないと言っています」(p36)

ジャガイモにはソラニンやチャコニンというアルカロイド配糖体が含まれ、有毒であることはよく知られています。もし、ソラニンやチャコニンを「残留農薬」と見なせば、残留農薬の検査は皮ごと行うので、ジャガイモのほぼ全てが「基準値違反で回収」になってしまいます。学校で栽培した未熟なジャガイモを食べて中毒を起こす事故が、今もしばしば起きています

ゼロリスクという幻想

この本の最後のほうにあるこの一文を覚えておいて損はないでしょう。

現在の日本で食品添加物や残留農薬が食の安全にとって問題だということを言っている専門家は信頼するに足りません。それ以上その人の書いたものを読んだり話を聞いたりする必要はありません。結局のところこれさえ食べれば(あるいは食べなければ)病気にならないとか長生きできるというような魔法の健康食品や健康法は存在しないし、一〇〇パーセント悪いだけの食品もないという平凡でつまらない事実しか残らないのです。(p193)

副題のとおり、「ゼロリスク」などこの世に存在しないし、「平凡でつまらない事実しか残らないのです」

本書のあとがきでは、畝山氏が「母親」として実感した思いを綴っています。

妊娠から始まる子育ての現場では、先輩である母親や義理の母に始まり、看護師さんや助産師さん、保育士さん、保護者会やPTAにいたるまで、とにかく女性が圧倒的に多い中での密な情報交換が行われています。私にとって子育ての経験というのは、そうした中で言われる“育児の常識”が、医療や学問の世界での常識とはまるで違っている、ということを思い知らされることでした。

予防接種は受けないほうがよいと信じて子どもが麻疹にかかって何ヶ月もお休みすることになった人、プラスチック製品は危険だから使わないでと保育園に要望を出してきた保護者、水道水は危険だからと何十万円もする浄水器を保育園に売りにくる業者、子どもたちに配られるおやつのお菓子類を「発がん性のある添加物が使われている危険なもの」と言って子どもの目の前でゴミ箱に捨ててしまう保護者、そして小学校では水にありがとうと言うときれいな結晶ができるという授業。

子どもが元気で順調に育って親も余裕があればあまり問題にはならない場合もありますが、たまたま個性の強い子どもだったりアトピーなどの持病があったりすると母親の苦悩は大変なものです。子どもになんらかの問題がある場合こそお母さんへの手助けが必要なのに、母親が悪いから子どもが病気になったのだと責められ、加工品は一切食べてはいけないとか毎日何時間も掃除機をかけないといけないなどの“助言”に必要以上に追い詰められてしまいます。生まれつきの発育障害などがある場合にはさらに大変で、藁にもすがりたいという思いの保護者の必死な気持ちにつけこんで、悪徳業者が効果のない食事療法やサプリメントなどの代替療法を売り込んでいるという実態があります。私が実際に経験した例では、小児科の待合室にお孫さんを連れて来ていたご婦人―子どもたちの父親である息子さんを病気で失った―がその病気はアルミ鍋を使っていたせいだと訪問販売業者に言われ、何十万もする鍋セットを買ったと話していました。子どもを亡くした悲しみと、お孫さんこそは必死で守ろうという気持ちにつけ込む悪徳業者のやり方には憤りしか感じません。しかしそのような詐欺に騙されやすい環境をつくっているのは○○が悪い、××がいいらしいと大した根拠もなく“お役立ち情報”を垂れ流しているメディアや自称情報通のオピニオンリーダー、そして口コミ情報として伝えている悪意のない一般の人たちなのです。(p199-201)

本書が、筆者のような懐疑論者だけでなく、広く一般の人に読まれれば、もっとマシな世の中になると願っています。

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